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海辺の風景

海野さだゆきブログ

『きんいろカルテット!』第1巻 遊歩新夢 著 DSスマイル イラスト

ライトノベル 音楽

ライトノベルには天才しかいないのです。

 

いくつかライトノベルで、ですが、音楽ものを読んできました。どうも納得できる作品に出会えませんでした。実はこれはまんがでも同じでした。たまたまそういう巡り合わせなのかもしれないですけど、こうも出会えないと、理由を考えたくもなります。

 

さて、こちらの作品です。音大に入ったは良いものの、自分の求めるものをそこに見いだせなかった主人公。恩師から中学生の指導を依頼されます。

 

まったく何の期待もなかった主人公ですが、その中学生たちの演奏を聴いて、そこに自分の信じる音楽を聞き取ります。学校での活動が妨げられ、窮地にあった彼女たちを救い、指導することとあいなりました。

 

いきなり主人公の心に響くサウンド、です。そうなんです、ライトノベルには天才しかいない、のです。それも今回は最初からカルテットで揃っているのですね。お馴染の「ねーよ帝国主義」はここでも貫徹しております。

 

それが悪いわけではありません。ライトノベルとはそうしたものとして読むべきだからです。

 

さて、話は吹奏学部にある勝利至上主義批判になっています。この間紹介したエリックさんの投稿もそういう傾向への危惧からでした。そして、ここではさらに「コンテスト受けする演奏」への批判がびしっと差し出されています。 

 

それは音楽なのか?

 

と、いう問いですね。ここで言う「日本的な演奏」って、きっちり揃った端正な演奏ってやつですか。。。。

 

まあ、僕は作者の主張は、そうだろうなあ、とは思いますけど、どうもなんか物足りなかったのです。

 

バンドって、メンバー集めがドラマなのです。必殺シリーズじゃあないですけど、出会いが緊張あふれるものであることが、その後のメンバーの結束のエネルギー源になるのです。

 

その点、あまりに順調な出会いとその後の練習ぶりが僕には物足りなかったですね。どうも2巻では問題児が加入して、その緊張を醸し出すようですけど。

 

ま、あと、それぞれのメンバーがマウスピースを変えることで新たな音に出会うっていう下りがありますけど、それ以前に、楽器との出会いっていう重要な事柄が描かれていないので、ここもちょっと薄いなあ、と思ったのです。

 

3巻まで読んでからものを言え?1巻どまりだったのは、別の作品を次に読んで、ある程度納得できたからです。次回はその作品について書きます。