海辺の風景

海野さだゆきブログ

『あせびと空世界の冒険者』10巻で完結

次の巻が出るのを楽しみにしていました。空の冒険談はやはり楽しいです。前の巻でそろそろ終りが近いな、とは思いましたが、これどうやって状況打開するんだろうか、とも思いました。

 

いやあ、まさか、そう来るとは、って、よく考えると伏線はしっかり描かれていました。うーん、話作りが上手です。

 

僕はこのマンガではずっと楽しい思いをさせて頂きましたけど、ふんわりしただけではない、かなり硬派な展開でもあります。バトルも甘くないです。

 

主人公の強さ弱さ、ヒロインのかわいらしさ強さ、メカのカッコ良さと親しみやすさ、などなど、細部に至るまでバランスがとれていたと思います。絵柄もよくデザインされています。

 

読後感はとっても爽やか。ありがとうございました。

『Beyond Eyes』STEAM版 内容にはバシバシ言及しています

こんなゲームがあったなんて。2015年ですか。僕にとっては「世界で一番美しいゲーム」になりました。

 

すでに色々な方が評しているので、そっちの方に内容についてはおまかせ。

 

僕がうちのめされたのは「見えないことを見えるようにする」というその発想と、実装です。

 

そんなこと思いもしませんでした。そして、この主人公の女の子にもあることを強く感じました。

 

「ない」感じがない。

 

先日NHK-BSで満島さんがいわゆる「パラアスリート」を何人か訪ねるという番組をやっていました。そこに登場した人たちにも同じことを強く感じました。

 

思い出すのはもう20年近く前に夜の新宿ですれちがった義足の若い英語圏内の男の人。彼の右膝から下が義足でしたが、その「足」にはライトが内蔵されていて、光っていたのです。

 

あまりに普通に友だちと談笑しながら夜の町を楽しんでいた風でしたので、すれ違ったときに「あれ?」と思った自分にとまどったくらいでした。僕と一緒に歩いていた妻は気が付きませんでしたし。「ね、あれを見て、彼の足を」と。

 

なにか、すごいショックでした。何に衝撃を受けたのか、僕の何が衝撃を受けたのかもわかりませんでした。ずううううっと。妻も同じ様な感想をもらしました。

 

かなり後でそれを『「ない」感じがしない』と自分なりに言葉にしました。今もそれ以上の言葉は作り出せません。

 

このゲームの小さな女の子には「目が見え"ない"」の"ない"がないのです。

 

港の局面では僕は本当に恐怖を感じながら前に進みました。見えないことが見えるように思いました。

 

しかし、なんと美しい画面でしょうか。そう、世界は美しいですよね。

 

こんな美しい世界を生きているんですよね。

 

さて、この『「ない」感じがない』、はそういう風な見方をすると、色々な人に感じることがあります。亡き友人もそうでした。彼は独立するときに言いました。

 

やるって時に、やらない理由はすぐに100個浮かぶ。それに引き替え、やる理由はひとつかふたつしかないし、頼りないんだよね。

 

猫好きにはたまらないゲームでもあります。よくわかっているよねえ、猫のこと。

 

なぜ今の今、このゲームにであったのか、その答えは明白です。僕も猫を探しに美しい世界を歩こうと思いました。

映画『プロメア』 内容にバシバシ触れてますよ

とある記事が『プロメア』という映画を熱くオススメしていました。ピンと来るものがあったので、観に行くことにしました。大正解!近頃になく感動しました。

 

どういう映画かはまったく調べませんでした。近隣の上映映画館を調べると、上映時間は午前9時と夕方のみ。9時かあ、、、7時30分には出ないと間に合わないって、休みだって云うのに仕事の日みたいなことにな、、、、

 

いやいやいや、これは要するに「あんまし有名じゃないタイトル」って、ことなだけでしょ。そして僕はそういう映画って得意、いえ、好物というか「常食」なんですから、朝早いがなんだ、この直感を信じて行くぜ。。。。。新潟県長岡に新幹線で行って映画観た時に比べればちっとも朝が早くなんてねえっと。。。。『ゆめのかよいじ』ね、どうしても「地元で」観たかったので、、、、って、関係ないですね。

 

朝からどしゃ降り(笑)。スマホには「大雨警報」がでーん。ふふふ、上等。電車さえ止まらなければおっけい。30分で着替と朝食を済ませ、防水仕様のアルトラを履いてゴー!。

 

ふん、快速や特急に追い抜かれて時間がかかるのは折り込み済みさ。最寄り駅からバス。映画館にとうちゃこー。

 

思えば、去年の暮れから僕は「シニア割引」になったのでした。おお、そういう身分になってから初めての映画じゃありませんかって、「公認高齢者」になったことに、ちょっと感動(笑)。

 

でも、なんか1100円では申し訳ないなあ、、、とポップコーンセットを購入。これで「一般」なみになったわい(笑)。ほんと、経済的にはおんぶにだっこ状態かも。。。

 

予告編がはじまるころには客席には十数名。おお、「月曜日、どしゃ降り、駅から遠い、午前9時」としては、すごい人数じゃないか。これは。。。。。と期待はますます高まるのでした。そして上映開始。

 

なんじゃこりゃーーーー!!!!!!

 

近年『AER Memories of Old』とか、最近やった『GRIS』とか、ちょっとポリゴンっぽい絵で、色彩がパステル調でやたらと美しいというゲームをよく見掛けるようになりました。『風の旅人』が僕にはそうしたゲームとの出会いだったように思います。

 

そう、あの感じの「絵」がグリグリ動く動く、動きまくるんです。美しさに圧倒されつつ、動きのすばらしさ目まぐるしさにクラクラ来てしまいます。

 

そして、ででーんと「見得をキル」んですよ、ででーん、と。でかいレタリングを背中に背負って。もう笑っちゃいました。これ、かっこよい。こういうには照れずにやって欲しいのです僕は。実際歌舞伎の見得は本当にかっこよいですし、日本発ならではの芸ですから。

 

しかしまあ、動く動く、そしてメカやロボットが、ガンガンぶつかり合うんです。いやあ、その重低音が気持よいです。ミサイルやビームでは盛り上がらないですよ、やっぱ。ガコーン、とか重量物がうなりをあげる感じがたまらないです。

 

また、バイクとかの「エンジン音」がよいです。ロケット噴射を断続的にっていうのと、全然違います。これも「うなる」んです。その重量感、高速回転してんぞー、こらあって、のはセクシーでさえあります。僕もバイク乗ってましたので、カワサキ派でした。

 

「レスキュー戦隊」です。おおおお、どでかいファイアエンジンが高層ビル立ち並ぶストリートをケツを振りながら爆走。いやあ、いいなあ。で、梯子車じゃないんです。「射出」するんですよ、メカを。いやあ、すごい。

 

などと、我を忘れてみていますと、話は意外と簡単ではないと気が付きます。これ、白黒つきにくい状況なんですが、それぞれがそれをわかっているなかでも、ガンガンやりあうのを止めないんです。

 

「どけーーー」「止めてやるうう」「燃えてしまえ」「消してやる」と、ガンガンやり合うんです。状況が逼迫しているので話し合いで行きましょうって余裕が全員に全くないのです。突き進むしかないのです。

 

僕が思うに、これ、主人公が3人です。一見悪役と見える人物もよくよく観るとそうとは言えないのです。考え方の、問題解決の方法論の違いなのです。

 

おいおい、でも、このスピードでそれ考えろって、無理でしょ(笑)。とにかく状況が切迫しているので、ガンガンやりあって、最後に残った人間が持つ解決策が結論になるのです。

 

誰が残ったのでしょうか。誰かひとりという事ではなかったと思います。それぞれが頭突きしあった結果生じた出口だったのではないでしょうか。

 

うーーん、すばらしい。予備知識ゼロで行きましたので、声がだれかなんて知りませんでした。エンディングで判明。ま、堺さんは、もしかしてこれ堺さん?くらいには思いましたけど、早乙女さんは意外。そしてすごくかっこよかったですねえ、こんな声なんだ、と関心しました。

 

で、この映画。絶対に大画面、爆音じゃないとダメです。特に「絵」は小さい画面、モニター程度、家庭用の大画面程度だと、ちゃちくなってしまいます。これ、映画館にゴー!ですよ。この美しさは大画面専用です。

 

まあ、一度観た方は、BDとかあとで購入しても脳内変換できますから、おっけいですけど、最初が個人用小さい画面は、まったくオススメできません。

 

いますぐ、映画館へゴー!

『絶体絶命都市4PLUS』の後日談DL

発売延期を乗り越えて世に出たゲームです。ナンバリングがされているとおり、4作目です。大規模地震という状況がゲームの舞台になっています。開発中断がPS3の時代だったので、作りの古さは否めません。しかし、それでも「志」はびくともしていなかったと思います。

 

ゲームの「後日談」とは珍しいですよね。ご存じのようにこれは開発が間に合わなかったから、とも言えます。

 

しかし、それでも、「震災後」を描くというその姿勢に私はとても心動かされるのです。

 

で、間に合わないので、例によって、今回の配信は「前半」となりました。あははは。予想していましたよね、購入したみなさま。

 

例によって、しょーもない選択肢が出てきますが、これは「お家芸」なので、てきとーにスルー(笑)。ゲームとしてなにか仕掛けがバシバシというワケでもなく、淡々と進みます。

 

それが良いです。

 

日常に戻るというのは、特別な何かが起らないという事ですから。何も起らない。それでも、人は変わってしまっています。地味ですが、いや、少しの「変化」ですが、それゆえに心打たれるものがあります。

 

ゲームをプレイした方は、やっていると思います。この待った時間が、なぜか「ゲーム上の震災後」という時間経過と重なって、奇妙な体験をしている感じがします。

 

私たちは、「3.11後」どこにたどり着いたのでしょうか。そもそも、自分の生活を今「3.11後」という時間軸で生きているのでしょうか。

自分のwebsiteやめます

しばしの空白期間をおいて、NeXTを買ってニフティに加入し、ネット生活を開始して以来、私はずっと自分のwebsiteを持っていました。来月でそれを閉鎖することを決めました。

 

NeXTの前は富士通のFM11ですから、もう別世界。すごく勉強しました。GNUのCコンパイラを入れ、走らせたときはじーんと来ました。NeXTのプログラミング環境はそれこそ原始人が産業革命に放り込まれたような衝撃。いまふうに言うと、「突然異世界に召喚されました」って感じですよ。

 

そして、目的の「通信せよ」ですが、これは文字通りのめり込みました。トラブルも続出しました。それでも、その可能性はとてつもなく大きくて、私はなんども世界を拡げることができました。ほんと、こっちも「異世界召喚」経験です。

 

自分のドメインを持つことも夢のようでした。私にとって独自ドメインwebsiteを持ったことは「一戸建て購入」だったのだと思います。

 

自分の何かを発表する場は自分で作った方が良かったですし、だれかを招くにも都合がよかったです。掲示板を独自に持てばよいのですし。

 

しかしそれはまだまだネット空間が狭かったからです。その後は文字通りにビッグバンが起って、それこを無限に思えるほど広大になって、自分のwebsiteなんて宇宙のチリ。だれかを探すにもほとほと苦労、といいますか、ぜんぜん見つからなくなりました。

 

あのころのネット上、リアルでもお会いしましたけど、というかリアルで会うためにネット上で出会うんですよね、そのネット上の知り合いもどこかにはいると思うのです。現在、ネットなしでやっているとは思えませんので。

 

でも、もう探せませんし、探さない方がよいのかもしれません。それは、私はどんどんこの世から消え去る方向にしか動かない、ブラックホール間近だからです。どんどん自分を縮小して、最後には自分自身を断捨離(笑)。そういう局面に入っています。

 

十分やりたいことはできたと思います。ネット上で罵倒しあったひと、強いつながりを感じたひと、いつのまにかみんなどこかへ消えて行きましたが、よく考えると、私自身どんどん最初の場所からは遠くに行っています。

 

歩くことは旅人の宿命だ。

 

ですよね。私にとって「前向き」とはブラックホールに向かってあることで、「後ろ向き」になると現在活躍活動している人とコミュニケーションって、なんだか変ですけど、それが「今」のリアルですね、そんなに悪くないですよ。

『空声』こがわみさき

読みはじめは、吹部(学校の部活動、吹奏学部)にあって、ほかのメンバーよりも演奏力があるがゆえに、浮いてしまっている女の子のエピソードです。彼女は自分よりも技術的に下手くそな部員の演奏に、やる気が削がれている様子です。

 

そう、読みはじめは、これは「短編集」なのかな、と思います。しかーし、これは「短編連作」なのでした。そのつながりのよさ、そして円環の閉じ方、、、、、

 

はっきり言います。これはすごい。大傑作です。絶対のおすすめです。こがわさん、すばらしい。

 

やる気がなくなりかけている女の子の「ひとりで吹いている」ところに「乱入」したのは、小学生の男の子。彼は小太鼓。どうもうまくいっていないので、ひとり練習に来たところに、女の子の演奏を聞いて、思わずジャムセッション

 

ふたりは、言葉を交わしません。音だけで会話。ううううう、これ、文字にすると、なんか、だいなしになってしまいます、、、、でも文字でないと伝わりませんよね。この「音だけで会話」があまりにウマイので、この辺りで私は幸せになってしまいました。

 

そこにまた突然の「乱入」。泣きながら歌う女の子の登場。ううう、まるでミュージカルをみているようです。すばらしい。

 

読み進んだ時、私は「はっ」と我に還りました。え?我にかえった?つまり我を忘れていたんですね。驚きました。そんな自分を忘れ、没入して作品を読んだ、なんて事はずっと、それこそ数十年以上なかった、すくなくともまったく思い出せません。

 

いつのまにか、私は作品を「頭で理解する」ようになっていたのでしょう。なにかに我を忘れ、没頭するようなことは、私にはですが、社会で生き抜くためには諦め、捨てないといけないものだったのでしょう。

 

ある時、確かに「このままこの世界に浸っていては前に進めない」といろいろなものを処分し、意図的に避けるようにしましたから。

 

しかし、老齢になり、そうしたゴワゴワした服を身につける必要がなくなったのは確かです。私は再び「ぼーってしてて良い」ところに立っています。

 

責任も義務もほとんどないし、だれも期待もしていないし、実は他人への興味もなくなっているし、正直に言えば、自分だけしかいない世界にいる感じが生活のなかにどんどん増えています。

 

そうかあ、私はあの頃に戻って大丈夫になったわけだ。「無用」もいいじゃん。ははは。

 

さて、最後の2つの話。読み進むうちに私の中に沸きあがる世界がありました。

 

これ、忘れもしない1972年。入院中、誰もいなくなった夕暮れの待合室にあったボロボロの「別冊マーガレット」。そこに掲載されていた山田ミネコさんの『緑の目』。

 

私が初めて出会った少女マンガであり、以後その世界にどっぷりとつかる切っ掛けとなった作品。こんな、世界があったんだ。と。姉にねだって、毎週「マーガレット」を買ってきてもらいました。病室しか世界のなかった私に世界を見せてくれた作品たち。

 

もともと私は石ノ森先生の大ファンでした。あとで知ったのですけど、山田ミネコさんも先生のファンだったそうですね。道理で。。。。『緑の目』を読んだときに私は石ノ森先生の『奇人クラブ』を思い出しましたが、ワケあってのことですね。

 

日常は、もうひとつの世界と重なりあい、別の色彩、違う音、肌触りを見せてくれました。夢とは違うんです。「もうひとつの現実」というべきでしょうね。

 

高齢になって再会するとは思いませんでしたけど、なんか、やったぜ、ラッキーっていう気持です。

 

今、レイブラッドベリーとか読まれているのかなあ。。。また読みたくなったなあ。というより、こがわさん、ネットで作品発表しているんですねえ。それがまたよい作品ばっかりで。じじいはうれしいですよ、本当に。

3回ネガティブ その3 「無能ですが、何か?」

やはりネガティブ、続きません(笑)。自分で「で、だから?」ってつっこんでしまうんです。でも、がんばってネガティブします。

 

自分がすっからかんの中身なし、生けるミイラになってしまっても、楽しみはあるんです。才能のある人をみることです。特に若い人はこちらの全く予想しないものをみせてくれるので楽しいです。

 

「世にでない才能などない」

 

米長先生の言葉です。その通りです。音楽、映画、小説、ゲーム、スポーツ。楽な状況、環境で戦ってはいないのは間違いないです。なにしろ、ね、私の知る限りでも、相当難しいです。

 

それでも、やはり出てくる。その力量。こっちがすっからかんな分、受け入れる余地がいっぱいあるんで、かなーりの量楽しめるんです。いやあ、無能ってのも悪くないです、はい。

 

あ、高齢者でもすごいひとはすごいですが、そういう人って、若いときからすごいので、そこは今更とも言えます。

 

またかよ(笑)。やるひとはとっくにやっている、って真理(笑)。いやいや、そんなことより、思うのは、若い人の方がおもしろいし、技術も高いなあ、って思います。高いレベルで戦っているな、と。

 

ああ、だめですねえ、私にはネガティブ芸は無理です。ヒロシさんに『老い方1.9』とか書いていただかないと(笑)。