読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

海辺の風景

海野さだゆきブログ

東海道 箱根から三島、沼津へ

f:id:pampusnews:20161208105846j:plain

 

気が付けば前回は8月。どんどん時間は過ぎて行きます。

 

東海道箱根から西側への下りはとても気持のよい道です。石畳は東側ほど荒れておらず、往時の面影はこっちのほうがずっと残っています。そして遠くに海が光る眺望は胸がすく絶景です。

 

どうしてこっちには人が来ないのか不思議です。もっともっと宣伝すればよいのに。。。。。。

 

もっとも、こちらは急な坂が延々と続きますので、かなりの体力コースでもあります。登りも大変ですけど、下りはこたえますよ(笑)。

 

それでもこんなこともありますし

f:id:pampusnews:20161213221400j:plain

よいですよ、冬の箱根西側。

 

山中城跡でおそばを食べて少し行きますと、バイパス工事のために旧道は通行禁止になっています。そのあたりで西側から上ってきたご夫婦に出会いました。京都側から2年かけてここまで来られたとのことです。あと100kmあまりですね、化粧坂権太坂は楽しみですけど、あとはちょっと我慢かもしれませんね。でも、歩ききった時のなんとも言えない感じは、格別です。どうかご無事で。

 

へろへろになって、毎度へろへろですね、ここは、三島神社に到着。

 

今回はダブルストック、アルトラのローンピーク3.0ポーラテックという新兵器のおかげでかなり楽ができました。でも、最後の最後まで石畳のこの行程は厳しいものがありますね。

 

翌日は風が強い快晴。沼津までゆったり歩きました。大好きな千本浜は次回のお楽しみにとっておきました。

 

さあ、生きている間にどこまでゆけるのでしょうか。

グレッグ レイク 逝く

なんてこと。グレッグレイク逝去のニュースが。東海道から帰宅したばかり、僕はショック。なんてことでしょう。

 

あの攻撃的なベース。ベースという楽器を始めて、意識したのはジャックブルース先生とグレッグレイクでした。二人ともベースはめちゃくちゃうまい上になんと歌いながら弾きこなして、おまけにかっこよい曲を書くのですから、もうたまりません、僕のアイドルでした。

 

特にグレッグはなんと誕生日が同じだったんです。もう他人とは思えなかったです。あの抒情あふれるボーカル、鋼鉄のベースフレーズ。。。。

 

悲しいです。本当に悲しい。

 

ここのところ、ベースを手にしていませんでした。忙しい、心がささぐれ、疲れきっていましたので、楽器を手にする気になりませんでした。

 

でも音楽作り、ベース演奏に対する気持は死んではいません。グレッグにもらったもの、形にします。

「Steins gate」

遅れてきたゲーマーは、前々から気になっていたこの作品をやってみました。当時のアキバ風ものの言い方やガジェットたちが強い匂いを放っています。

 

話は僕には意外だったのですけど、幼なじみの女の子を如何に救うのか、という方向に行きました。あ、いわゆるマルチエンディングなので、僕はそういうの実は好きではないので、ひとつのエンディングでの話ですけど。

 

元祖タイムマシーンが、どこかラブストーリーであったように、この20世紀の話もそういう展開を見せました。僕は結構これ、好きですね。

 

ただ、どうも、このエンディングが沢山あるって、なじめないのです。『死の島』でふたつのエンディングというのは、相当の手間隙をかけてのことだったので、大学生であった僕は結構納得したのですけど、、、、、

 

どうあがいても、時間の修正の力に自分の無力を感じる主人公の心理に自分を重ねられるかが、この作品の肝ならば、どうあがいても、マルチ、にはならないのではないでしょうか。などと。。。。

 

でも、面白かったです。はい。続編も買いました。楽しみにしています。

 

『こぐこぐ自転車』伊藤礼 著

退官を前にふと自宅から職場の学校まで自転車に乗って通勤したらどうなるだろうか、という思いつきが伊藤さんの自転車生活の始まりでした。目覚めた伊藤さん、自転車の購入、ツーリングと世界を広げて行きます。

 

自転車に乗れば何かが変るわけではありません。伊藤さん、けっこう面倒くさい人かもしれません。文章を読んでいて、そんなこといちいち考えるの?って煩わしくさえ思うことがアルのです。でも、ものを考える事を商売にしている人はそのくらいいちいち考えるくらいは当たり前ですよね。

 

自転車から見える風景が変っていったのは、自転車に乗ったからではなくて、もともと伊藤さんがものごとをいちいち考える人だったからです。

 

伊藤さんから見えた、もとい、見て考えた東京の風景はなかなかに面白いのです。同じ自転車が趣味の僕にはとても共感できることが多かったです。特に東京の川をたどるというのは、僕も自転車に乗る大部分を占めていたりしますから。

 

伊藤さんがすごいな、と思ったのは、自転車仲間を増やしたことです。男は基本えばり。なかなか老齢になって新しいことに挑戦するひとはいません。いままでの実績で死ぬまでえばる、って感じの人ばっかり。。。。。北海道ツーリングですよ、すごい。もちろん、初心者的なツーリングですけど、やりきってしまうエネルギーはタイしたものです。

 

僕のメインマシンも、サドルの問題が解決したので、またバリバリ乗りますよ。伊藤さんみたいに文才も考える習慣もないので、レポートみたいなのは書けないですけど。

『地雷屋 JIRAIYA ~アフガニスタン編~ 1巻』竿尾悟 著

戦争が敵味方に別れてドンパチやる、なんて想像しかできない人はぜひこの作品を読んで頂きたいです。

 

戦争とはもうひとつの「国内政治」なのですね、

 

「戦後の混乱の中じゃ、すべてが金になる」

 

これは「戦争はすべてが金になる」と言い換えてもよいと思います。おそらく作者はいたずらに戦争反対作品「だけ」になるのを避けているからこういう表現になるのだと思います。よいバランス感覚だと思います。

 

戦争に関して僕がであったよくある風景というのは「兵士に給料が支払われる」ということが想像の外という人たちでした。「兵隊って給料出るの?」戦争反対の人は、徴兵という強制にとらわれ、愛国を熱心に説く人は見返りをもとめない精神にとらわれ、お金のことにおもい至らない感じがありました。僕の狭い経験のなかだけでしょうか、わかりませんが。

 

戦争といえどもものを買ったり、売ったりすることから逃れられるわけではないですから、戦争も経済活動なんですね。で、戦争というのは、宣戦布告から始まるわけでもありませんし、どちらかが降伏調印をして終るわけでもありません。

 

戦争に投入された資本が動く限り戦争は続くのです。

 

ということは?一度でも戦争をしたところは、戦争中が続くわけですね。

 

地雷処理という視点はとても僕には新鮮です。先頃日本でも不発弾処理の費用を地主が全額負担はおかしいのではないのか、という訴訟がおこりましたね。日本はいまだにアメリカ軍の爆撃を受けている、と言ってよいのではないでしょうか。その爆発が留保されていただけなのですから。その殺傷の意図は地中で眠っていただけで、死んではいなかったのですから。

 

地雷はそのいつまでも眠り続ける殺意を形にしたものですね。それにどう対するのか、この作品では悪役に描かれている方にもそれなりの正当性が見いだせたりするので、そう簡単なことではないのはわかってもらえるのではないでしょうか。

 

なかなかの豪速球、よい作品だと思います。

 

『セカンド ノベル』

遅れてきたゲーム老人なので、6年前に発売された、ということが関係ないのです。はい。このゲーム、すごいです。揺さぶられました。

 

脳に関係する「病気」「症状」をテーマにしたゲームなんて、それも、患者、この言葉嫌なんですけど使わないと伝わらないので使いますけど、のレベルで描いているのですね、すごい覚悟です。

 

話は推理小説のような趣きで始まりますが、やりはじめるとすぐ、息苦しくなってきます。主人公はヒロイン?を助けるにせよ、かなり難しい立ち位置にいるのが分かるからです。僕だったら辛すぎるから引き受けないです。

 

患者、を抱える家族のダメージの大きさも描かれています。ヒロイン?は記憶を保持できないゆえの苦しみを家族にぶつけるのでしょう。15分おきに。。。。。。

 

記憶ってなんだ?記憶と人の成り立ちはどう関係するのか?僕も心理学を修めたはしくれですから、それなりの知識、古くないですよ、勉強し続けていますから(笑)、はありますが、本当に考えさせられました。

 

おまけのステージのように存在する最後の最後。あっと驚く展開になりました。あの薬害事件、あれがこの作品の「動機」になっていたんですね。言葉を失いました。僕はあの事件をすっかり忘れていました。僕も40年前に同じ薬によって、あわやという目に遭っていました。実は。たまたま打ち所がよかったので、死なずに済みました。

 

そう、ゲームを進めて通常ステージが終っても謎が残りましたよね、あの事件の理由がわからない、動機として弱い。。。。。あの薬害。。。。ならば。。。実際にそういう目に遭った僕も原因としてある、と断言できます。

 

人の苦しみ悩み、などは薬で解決するものなのか。。。。どうなのでしょう。僕にははっきりとは言えません。その場合、その時での最善を選ぶ勇気を持つ、それだけですね、きっと。

 

このゲームを作ったスタッフの勇気に感謝します。

『クソゲー・オンライン(仮) 「運営は全員逃げたけどなんの問題もないわ!」ちとせ八十八 著 にろ 東雲太郎 イラスト』

なんてタイトルだろうかと思いましたら『ざるそば』の作者さんだったのですね。運営が逃げ出し、宣伝したステージも未実装、おまけにユーザがリミットを切りそうで、サービス停止寸前の状態のオンラインゲーム。そこに参加していた主人公はゲームマスターになってサービス停止を阻止すべく奮闘することになりました。

 

僕は遅れすぎて来たゲームを楽しんでいる老人なので、online gameというモノをまったく経験していません。なんかこう、ただでさえ毎日人と関わるのがうっとうしいという怠惰な人間なので、遊びの世界で同じ様な苦労をしたいとは思いませんのです。

 

職場で「ログアウト」とは有給をとることだったり、果ては辞職することで、結構生々しい手続きなのですけど、それでも綺麗さっぱりおさらば、とはいかないものです。online gameではどうなのでしょうか。はて。

 

読んでいて面白いと思うのは、ゲームの作りの部分ですね。なるほどと思うことたびたび。「面白いけどクリアできないゲーム」と「つまらないけどクリアできるゲーム」の間でユーザは揺れるんですよね。

 

オンラインではないですけど、「MYST」というゲームである課題をクリアするのに一月かかったことがあります。分かった時のなんとも言えない疲労困憊と達成感が混じったあの感じ。「やっぱり人は見ているようで見えていないし、聞いているようで聴えていない」ということを思い知らされた課題でした。そのいわゆるAHA体験が人には快感なのですよね。

 

さて、主人公は例によって振り回され続けますけど、ポイントポイントでは果断なのです。結構なことです。人生もゲームも決断するってことで成り立っていますから。結果は人生ではないですよ、決断だけが人生です。はい。そこが分かればゲームも人生も楽しくなると、老人は思うのです。はい。

 

あ、これ、続巻でるのかしら。。。。。