随分と間が空きました。
初日初回。意外と思ったのは20人位のお客さんが来ていたことです。年齢は高めですけど、この映画への期待を感じました。
潜水艦映画にはずれなし
先だっての大沢さんのもそうですけど、この映画もまた素晴らしい作品でした。
思えばイタリア映画はいつ以来でしょうか。思い出せません。冒頭からアメリカ映画とは違う空気が広がります。こうした「映像で語る」絵は本当に久しぶりに観ました。そして、当たり前なんですけど、その肉体から匂い立つ文化の違いをひしひしと感じました。
パンフレットで福井晴敏さんも言っていましたが、
本当に静かな映画でした。
その静かなまなざしがどうしていま、この映画にあるのかは、言うまでもありません。冒頭ロシア兵の言葉が入れられた理由もです。
海でつながっているんです。
しかし、映画は忘れてはいません。いえ、積極的に、イタリア人であることを。もちろん、イタリアも一枚岩ではない、という描写も。そういうことも含めても、あのフライドポテトの場面、そしてみんなから歌えとリクエストされた、料理長、バッグからおもむろに楽器を出して(!)、いい声で歌うんですよね。
いま、愚か者たちは何をしているんでしょうか。日本人もこの「異常な」暑さがなにが原因なのか知っているはずですが、それにまっすぐに取り組まない。。。。。
すでに遅いのかもしれません。今までなんともなかった場所が突然生存不可能になる。日本中で多くの人がそこに追い込まれてしまっています。間違いなく、この先、そういう現象が地球を覆うでしょう。
世界滅亡の前日に炊飯器のタイマーを忘れるな、、、、、か、、、、。
海の、そこに生きる、ということの前には戦争など意味をなさない、、、。何千年まえから人類は決して環境の恐ろしさをなめたりしていなかったはずです。山や海がご神体であるのは、本当に恐ろしい存在だからだったはずです。
環境を「遮断」することで、その驚異から逃れられると思い込んだ人類に未来も現在もないでしょう。
「鉄の棺桶」の中で、やっと生き延びている乗組員は、地球に住んでいる私たちそのものです。少ない食糧をわけあい、厳しい場所には交代で行く、それでやっと生き延びている、、、、
そこでも「敵か味方か」しか考えられない人も出てくるのが人類です。艦長の「私は海の男だ」という叫びが、僕にはものすごく強く心に響きました。
俳優さんたち、本当に素晴らしかった。そしてカメラも。。。。いい映画でした。