海辺の風景

海野さだゆきブログ

「廃線上のアリス」サト真希 著 フカヒレ イラスト ぽにきゃんBOOKS

傷心の少年はひなびた港のある街にやってきた。幼いころに別離した父親の家に身を寄せるために。その途上、廃線を歩く少年は雨に濡れながら裸足で歩く少女と遭遇する。

 

少年の事情は次第に明らかになって行きます。彼は自分の過去と自分自身を取り戻して行きます。

 

珍しくもここでは両親の恋愛が大きく関わってきます。珍しいです、本当に。ライトノベルはこういうところで必ず「回れ右」をしますから。10代なんて親の影響が絶大な時期なのに、そういうことを描くことを回避するんですね。親は大抵は死んでいるとか、海外出張中とか、行方不明とか、いても記号的に描かれて存在感なし、とか、です。

 

僕の父親は自分の過去をよく話してくれました。戦争中でしたので、それは戦時の話でもありました。そして、戦後。僕にとって生まれる前の昭和は父を通してリアルでした。戦争を調べることは僕にとっては少年だった父を呼び戻す作業でもありました。

 

過去を知ることは、自分がどこから来たのかを知ることです。親の少年、青春時代を知らないのは、まことに不幸だと思います。僕はタイムマシンでその時代に行けたならば少年だった父に「よくやったよ、本当に」と言ってやりたいくらいです。

 

謎の美少女、そう、美少女でないといけないんですね、は親の過去と深い関わりがありました。彼は少女を抱きしめますが、それは自分の過去を抱きしめ、それは親の過去つまり青春時代を抱きしめることでもありました。

 

うーん、不安を風景にしたような描写、ある本をキーワードに展開する親友の恋、親の恋、そして自分の恋が交錯する筋立て、なっかなか素晴らしい作品でした。お勧めです。