海辺の風景

海野さだゆきブログ

『大阪的 「おもろいおばはん」はこうしてつくられた』井上章一 著

阪神タイガースファンとして、なかなか信じてもらえない事実に「昔は甲子園ガラガラだった」「六甲おろしなんて歌わなかったし、俺も知らなかった」があります。今を基準とすると見えないことは多いと思います。

 

現在は「東京史観」の時代です。と、言っても、これ「東京=東京都」ではないわけです。はい、八丈島や、曇取山まで東京都ですが、そういう行政区画を「東京」と思う人はいないでしょう。「山の手」のごく一部を「東京」だと思っている人が普通なんです。

 

メディアの都合、その時々の政治の都合で、土地のイメージなんてころころ変えられて来たというのは確かだと思います。

 

そうだよなあ、毎日満員電車通勤に使っているその路線って、「汚穢列車」って呼ばれていたんだよ、なんて誰が信じます?ねえ(笑)。

 

実際、行ってみれば、大阪の中心部と呼ばれているところの「都会度」はすばらしく高いです。僕に言わせれば「飯のうまさ=都会度」なんですけど、確かにたこ焼きは美味しいですけど、それが大阪の代表的な料理だとはおもいませんので、それを尺度にしているわけではないです。確かに立食いのレベルでも大阪はうどんが圧倒的にうまいですけど、それが大阪料理界を代表している料理だとは思いません。

 

古い歴史を物語る史跡が沢山あり、そこにある伝承の多さも圧倒的です。「江戸幕府以前はただの湿地」という土地とは違います。

 

井上先生は世間に流布している「大阪的なるもの」を次々と論破して行きます。これは痛快です。

 

しかし、一方でみなさんは地元をどう説明するんでしょうか?「地元民はそんなものめったに食べない」とか「地元でもほとんど知られていない」とか、そういうこととどう向き合うのでしょう?「地方再生」なんて、実はそうした「足下を見る」ことから始まるように思います。はい。