CDの所有枚数を確かめたことはありません。今回おそらく500枚はあったのだろうことがわかりました。なぜならば400枚を処分、売却したからです。断捨離は間違いなく死行く人間の義務であり、救いですけど、実際やってみると、なかなかに厳しい問題をつきつけられました。
CDやレコード、DVDなどを「所有」することがそのまま音楽や映画を「所有」することではないのは間違いない、そう思っています。では、「所有」って何?ですよね。
それは「継承」なのではないかと思いました。何年も聴いていないCDがあります。それはものとしては僕の元にはありますけど、「僕のもの」かと言えば、どうなのでしょう。
今回、思い切ってCDを整理するにあたって、「残す基準」が自分のなかで大きく揺らぎました。リッピングをしているので、データとしては残っているのです。では「ものとして残す」理由は?
これに僕は答えられませんでした。
希少なもの。では、そんな希少なものを、僕が持っている意味は?
希少なままでよいと思っていないならば、どうやって「広める」?
OK、僕はこれらのCDの音楽を受け継ぐよ。。。。。。ああ、でも、僕はそれをだれにどうやって伝えるつもりなのでしょうか。何の活動もしないでそれが出きるわけないです。
『ユンカースカムヒア劇場版』のDVD化を手伝ったこともありました。「とんがり帽子のメモル」の記念ピアノコンサートを自腹で開催したこともありました(お客さん6名でしたけど。僕を入れても)。
でも、小林啓子さんの作品も、六文銭、五つの赤い風船、ノラ、ブレッド、ラジ、パディシャ、シンディ、柿原朱美、佐々木まゆみ、ワッフルズなどなど。僕の自作曲にはその「継承」は確実にありますけど、僕の曲は身内のほんの数人が聴いただけです。
継承って。ファンならばやりたいことだったはず。そう「はず」。それをしないまま、ただCDを死蔵しているのが僕のやりたいことではない、そう思いました。
バンドは面倒で、もうやりたくもないです。ソロでもやれることはあります。還暦までの2年でやれることはあります。それをやることで、500枚のCDの分の継承をしたい、そう思いました。