海辺の風景

海野さだゆきブログ

3回ネガティブ その2 「ぼっちですが、何か?」

その1のつづき

 

「アクセルの踏み違い」に関しては、私はこう考えています。動作に関してあまりに単純に捕らえていると。

 

  1. 足を伸す(アクセルを踏んでいるってことですね)
  2. 足を伸すのを止める
  3. 足を縮める(膝を曲げるね)
  4. 足を縮めるのを止める
  5. 足を左方向に移動させる
  6. 足を左方向に移動させるのを止める
  7. 足を伸す(ブレーキを踏むってことですね)

動作ってこういうものじゃないでしょうか。私は消化酵素の働きの知識しかありませんけど、生物のシステムって、なべてこういう感じではないかと。

 

アクセルーブレーキ、なんて2段階ではないです。

 

で、運動指導の経験から直感すると、調査研究したわけではないので、2、とか4、とか「なにかを止める」という動作の制御が、どうも高齢になるとできなくなる、と。

 

この「止める」って、たぶん、「ブレーキ」みたいなものが働くって、思う方がいらっしゃると思うのですけど、全部の動作、全部の事象に対応する「ブレーキ」なんてものは存在しません。たぶん。

 

ある動作を止める、ということと、その動作の反対動作をする、ということは別の事柄なんです。

 

具体的に言えば、アクセルを「踏む」、のではなく「足を伸す」なので、「足を伸す」のを止めても、アクセルの位置は変わらないのです。アクセルはバネの力でアクセルオフに向かう力がありますが、足という重量物、下手をすると10キログラム、を押し戻すだけのパワーはないです。たぶん。経験からして。

 

だって、そんなに反発力があるアクセルを「足を伸して」押し付けるのは大変だから、アクセルは軽い、少なくとも足を押し戻すだけのパワーはないです。

 

私が15年間乗っていた、いや運転していたドイツのオペル、オメガ3000(マニュアルだよ)は国産に比べて、アクセルの反発力は相当です。測定しませんけど。渋滞では死にそうになります。

 

国産車は、その後レンタカーばっかり運転してきましたが、羽のように軽いです。はい。意識していないと、アクセルが戻ってしまうなんてことはオメガ3000では普通でしたが、国産車ではそういう経験は私にはありません。

 

国産車だと、「足を伸すのを止める」は、アクセルペダルが「戻る」ことを意味しないと思います。

 

「踏んで」は「いない」が「踏んだ状態」では「ある」

 

 

別の動作に移るためには、現在やっている動作を「止める」ことが必須なんですけど、「どうにも止まらない」のです。

 

「ブレーキを踏む」までに4行程ある。

 

それをコンマ数秒で行う。それが「ブレーキを踏む」です。

 

問題解決は、常に問題の定義にあります。

 

筋力に関して言えば、腕回りの筋力は加齢での落ちは少ないですが、足回りはてきめんに落ちて行きます。この「筋力」は「反応時間と反応力」だと言ってよいでしょう。

 

ま、いずれにせよ、ご本人たちには「他人事」でしょう。

 

さて、今日のお題は「ぼっち」(笑)

世界一孤独な日本のオジサン

 

岡本純子さんの警告書でさえ、読者の書評を読んでわかるように、他人事です。

 

なにしろ、「男の基本はエバリ」だからでしょう。これは私の長年の自説です。つまり、私も当てはまっている、典型だ、ということです。

 

実力勝負ではなく、威張っている奴が勝ち抜く、という不思議なシステムをこの社会はずっと採用してきました。と思うんです、はい。

 

「なんだー、その言い方は」

 

これ、無能な奴の定番せりふです。「言い方」ですよ。これ、私は「ツンデレ」だと思っています。

 

「もうちょっと優しく言ってくれれば、すなおに、うん、って言えるの」

 

って、きもーーーーー(笑)。しかしながら、私の経験したすべてのおっさんはこうでしたけど、何か?(笑)

 

こんな奴、裸の王様決定。。。。。ですよね。

 

自分から「負けました」って言えないよなあ、この手のオッサン。

 

私、その昔、奨励会に在席している小学校5年生に毎日コテンパンにされていたことがあります。はい、将棋です。私は毎日「負けました」って頭下げてました。いやあ、感動的に強いんで、まったく屈辱とか感じませんでした。

 

それどころか、なんでこんなへたっぴーと指すのかを聞いたところ「おもしろい将棋を指す」って真面目に言われたのです。確かに定跡から離れての「泥沼」をいつでも意識していました。はい、米長先生のファンでしたから。

 

って、これが「自慢」なんですよ。

 

結局他人とは「自慢話」だけ。これでは仲間も友人もできませんよね。奥様に愛想つかれるのも当然の成り行きでしょう。

 

で、私、その意味で「孤独」です。間違いなく「ぼっち」です。他人の自慢話を聞くのもうんざりですし、自分の話が自慢しかないのも自分でウンザリなんです。

 

ただ、幸いにして、私はやりたいことが全部やれた、という自覚があります。もちろん単独ではやれないことばかりでした。優秀な仲間、優秀な友のおかげで、高いところまで連れていってもらえたのです。

 

なので、なんか今更、新しく始めようって気持が湧かないのです。結構満足しています。あれも、これもやり遂げられてラッキーな人生をおくれたのだから、もういいかなあ、と。

 

これ、自慢かなあ、でも自力ではないですよ、連れていったもらっただけですから。ほんと、ラッキー。

 

なので、現在まちがいなく「ぼっち」ですが、死ぬまでの貯金をもらった感じがしているところでもあって、あんまり問題を感じていません。

 

って、これが、「終わっているジジイ」の実相なんでしょう。私はこの状態から抜け出るとは想像できませんので、このまま死ぬのでしょう。

 

孤独なオッサンの自己分析(笑)

 

3回ネガティブ その1 「衰えていますが、何か?」

僕の机には、ひろしさんの「まいにち、ネガティブ」があります。ネガティブな記事もたまには。

 

まずは、高齢者の自動車運転。「年寄りの冷や水」という言葉は江戸時代からあるようですから、すくなくとも150年くらい前には、高齢者が自己の能力を客観的に評価できずに問題を起こして困るわい、というのはあったのですね。

 

僕の記憶では、時代劇定番に、若様おつきの「じいや」が「若様にはおまかせできません」とでしゃばって返り討ち状態になり、結局若様に助けてもらった、なんてのがありました。具体的作品は思い出せませんけど(笑)。

 

高齢者の「冷や水」が取り上げられるようになったのは、高齢者山岳遭難が相次いことあたりでしょうか?

 

パターンは同じですよね。若いころはキレット(難所として有名)も大丈夫だったぜ、この程度の山なら、なんて認識でアルプスで遭難。

 

この手の話で、「客観的な体力数値って測定できるだろうが。なんでそこから始めないのか」と、ご当人に言っても無駄ですね。

 

山岳競技で何点でした、とかいう経験がある人って何人いるのでしょうか。ないから「百名山いくつ登頂」で「成績を証明」しようとするんでしょうね。

 

山岳部にもいろいろでしょうけど、「ピークハントだけが山じゃない」という認識は山屋さんにはあるのではないですか?調査してませんけど(笑)。

 

涙とともに「餅スパ」「糸みみずラーメン」を食べた者でないかぎり、山を語るなかれ。後輩が谷底に落としたテントを食糧を絶望とともに見つめ立ち尽くした者でない限り、山を語るなかれ、、、とか。。。。(笑)。

 

まあ一般的に、「1500mのタイムは?」とか「10km走のタイムは?」とかでもイイですけど、そういうこと普通に質問できます?

 

なんか、それって要するに学校の成績を聞いているって受け取られて、「じゃーなんだよ、おまえってそんなにえらいのかよー」とか、感情的な反応、反撃(笑)にあいそうですよね。

 

世間話レベルはおろか、ちょっと親しい間柄でも学校の成績につながるような話ってできます?

 

できない。それゆえに、それを先回りして回避すべく、「成績悪かったんだよー」って言ってしまうんですよね。

 

高齢者の「健康の話題」って、まあその「学校の成績」みたいな、というかそのまんまですよ。僕は少年時代から不健康でしたので、「血圧?医者にかかれば投薬、膝?どの医者でも即人工関節置換って言われますけど、なにか?」です。だって、不治のレベルなので医療にかかる意味がありませんので。

 

ま、社会的な「点数評価」が給料とか地位の間は良かったのでしょうけど、それが消滅した高齢者は、「健康」の点数がまんま社会的な評価になっちゃっている人が割りと多い感じがします。調査してませんけど(笑)。

 

で、運転免許証って、なんか「社会的に認知された運動能力の証明」みたいになっている感じも、だからするんです。

 

でも、ご存じのように免許更新に実技テストはありません。「運動能力の証明」にはなっていないんです。

 

でも、受け取る方はそうは思わない。

 

最後に残った「学校の成績」なんでしょうか。なんだよ、んなもの、まだ囚われているのかよ、客観的に点数低かろうが高かろうが、じゃあ自分はどうするのかって判断材料にすればいいだけじゃん。

 

がんばるもよい、あきらめるもよし。

 

でもねえ、「成績」にこだわる人って結構いる感じがするんです。

 

じゃあジムとかで「運動能力」測定とか、思うでしょ、これがそうはいかないんですよ。

 

そもそも自分でテスト受けに来る人は、自信がある。自信の上塗りのために来る(笑)。

 

私も経験がありますよ。某運動指導員の資格とりましたので、マシントレーニングの指導もある程度はできます。

 

で、高齢者でリカンベントスクワット、通称レッグプレスで、やたらと重い負荷に挑戦しようとする人がいるんですよ。絶対に阻止するんですけど、「なぜやらせない」って激怒するんです。

 

馬鹿らしいです。マシンのメカニズム自体が姿勢の安定を保証しているマシンでの数値は本人の実力でもなんでもないのですから。

 

で、自重でスクワットさせると、たちまちよろよろ。

 

「まずはご自身の体重を支えられる筋力と調整能力を身につけましょう」

 

「なにおー、ばかにするなあ」

 

おしまい(笑)。

 

似てません?。自力の歩行が難しいのに、自動車というそれ自体のメカニズムで移動を保証しているもので、自力の移動能力証明をさせている。。。。。。

 

思うのは「学校の成績」という方法論といいますか、パラダイムといいますか、その影響が人生を支配している場合をよくみかけるなあ、、、って。

 

10代、20代向けの作品って、映像、音楽、小説問わず、学校抜きってまず、みかけないですから。まあ、一日中いますからねえ。

 

私は入院ばっかりで、学校行けなかったから(笑)。病院の影響は絶大ですけど(笑)。

 

Wnn8サポートしてくれていたのですね

wnn8、ちゃんとサポート続けてくれていたのですね。うれしいなあ。

 

https://www.omronsoft.co.jp/products/product_text/wnn8/support/

 

s2diskのバグのおかげでファイルシステムが崩壊(笑)。なんとか復旧させようとしましたけど、結局システムをまるごと新調するしかありませんでした。

 

というか、あまりに手間がかかるので、システム入れ直しの方が時間も手間も省けるのがわかっていましたので。。。。。とほほ。

 

まあ、システムも使い続けていると断捨離が必要になるんです、人間世界と同様に。もう遣わなくなったソフトウエアとかデータとかがたまりに溜まるのです。

 

で、日本語入力はずっとwnn8を使ってきていましたので、最後にそれを復旧させようとしたのですけど、やはりライブラリが古くなるためでしょうか、スクリプトがうまく動きません。

 

ふとwnn8のサイトをみたら、ファイルが更新されているではないですか!!!!。

 

Linux/GNU/Debianがメインの僕にはうれしいメインテナンスです。メールだろうがブログだろうが、プログラムだろうが、日本語部分はずっとwnn8を使って来ました。

 

組み込みのwnnは使われてきたみたいですけど、Linuxが日常な人は少ないでしょうし、その中でもwnn8のユーザって何人いるのでしょうかって、、、、でも、やっぱりwnn8は優秀ですし、好きで、これなしにはLinux生活営めません。

 

スタッフの方に感謝です。Debian/testingの環境でINSTALLスクリプトは全く問題なく走りました。

 

ちなみに普段フォントは千都です。快適なんです。はい。きれいなフォント、しっくりくる日本語変換。快適です。

Tim Akers and The Smoking Section

www.youtube.com

な、何者ですかこの方々は。ひさぶりにぶったまげました。凄腕職人の完璧な仕事です。いやあ、このレベルはすざまじいです。

 

https://www.facebook.com/TimAkersSmokingSection/

 

ベースのGARY LUNNさんは歴戦の勇者ですね。すんごいことをさりげなくやる、かっこよい。

 

Youtubeにはライブがいくつも上がっていますけど、このクオリティなの?って、まんまライブ盤ですよ。とにかくリズムの切れが尋常ではありません。さいこー!

『Dreamfall Chapters』

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Dreamfall Chapters 最後の方

 

Steamでなーんとなく選んでやり始めたゲームですが、なんとこれは結構有名なタイトルなんだそうで、おまけにこれは前に2作あって、その完結編みたいな位置にあるのだそうです。

 

道理で、なんか「あれ?この展開はなぜ?」と思うことがたびたびありました。うーー、、今から前の2作をやるかって、そこまでやる気は起こりませんでした。

 

パズルみたいな部分はありますけど、基本的には重厚な会話劇なんです。で、日本語には対応していません。私の貧弱な語学力では半分位しかわかりませんでしたが、なんとか大筋は理解できましたので、クリアまでたどり着きました。

 

英語でやりましたけど、ほんとに生きた英語なので冗談とかキャラの独特の言い回しにはほとほと苦労しました。その会話の中に問題解決のヒントがあったりします。で、会話のテンポが速いのなんのって。ログをあとから見ることができないので、必死で聞き取りました(笑)。

 

当たり前ですけど、大人の会話だし、かなりシビアです。あと、色々な作品、ことがらへのオマージュもたっぷりありまして、全部は分からないのですけど、おお、そのセリフは!なんていうかんじで関心することがちょくちょくあります。

 

大人のゲームです。

 

結構画面が暗いんです。夜なんてほとんどなーんにも見えないという。そこまでリアルかよって。ガンマ値を最高に上げて白っぽい画面にしないと本当に見えない(笑)。

 

人物はどなたもごつくて存在感があります。巨乳ロリとかいません、天才的でモテモテの男子とかもいません(笑)。

 

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Dreamfall Chapters いわゆる魔法が存在する中世っぽい世界

 

やればやるほど、これは最初の『The Longest Journey』からのファンの人にはたまらん作品、まちわびた完結編なんだとヒシヒシと感じますが、私はやっていないので、、、、

 

ただ、まあ夢という事ではやっぱ押井さんの『BD』にやられたクチなので、この作品のアプローチにはいまひとつハマリませんでした。ゲームの未帰還者という設定の『.hack』とか現在アニメが進行形の『SAOアリシゼーション』(魔法が「システムコール」ですよ)あたりの方がピンと来るのです。

 

でも、本当に大人のゲームなので、語学力が必要ですが、やっていただきたい作品です。日本じゃ売れそうにないので、かわい子ちゃんはひとりも出てこないし(笑)日本語対応は望み薄いかんじです。

Ear Candy Jazz Factory

ついに見つけました。

www.youtube.com

櫻井さんのベースプレイを他のバンドの動画で観て以来、情報を探していましたら、なんと佐藤奏さんとリズム隊を組んでのスムースジャズバンドで活動していたのですね。

 

この正確無比、端正なプレイ。Ken Smithの6弦をいともたやすく操るテクニック、フラットな音色、どれをとっても素晴らしい。現在日本人のベース弾きで一番好きです。姐さん、ついて行きます。

 

姐さんのプレイはLarry Kimpelタイプだと思うのです。はい。例えば、アトランシアを弾いていた時代のジョージデュークバンド。

www.youtube.com

なんと言いますか、音の下の方成分の膨らみ具合いと、リズムの切り込み方とか。しっかりバンドを支えるプレイに徹しているKimpelも大好きなのですけど、姐さんも同じだと思います。

 

このリズム隊を選んだ成田さんはエライです。はい。日本のバンドだって内向きじゃないひとたちはいますよね。本田珠也さんのところとか、、、いくつも。がんばってほしいです。

 

House of waters

Youtubeでさまよっていて見つけた素晴らしいバンドです。

 

houseofwaters.com

ダルシマですね。いやあ、僕の世代だとりりぃさんのアルバムなんかを思い出すかもしれないですけど、伝統的な演奏とは違って超絶技巧を駆使してとても独特な音楽を作り出しています。

 

リーダーは日本人ベーシスト。ベースはジャズみたいですけど、彼は色々な音楽をよく知っているようです。このバンドの独特な曲は彼の手によるものです。

 

なんか、どこか和楽器、と思っていたら、彼は三味線もたしなむようです。うーん。すごい。

 

詳細なインタビューがここにあります。

note.mu

ニューヨークで音楽やるってたいへんみたいですね。毎日がオリンピックとは.。。

 

最近耳にする日本の音楽がどうにも「内向き」な感じがして、弾けないなあ、なんて思っていたところで、この音楽に出会いました。なんか、日本発でこそ、こういう音楽が可能であってほしいとも思うのです。僕が知らないだけなのかなあ.。.。.。。

 

とにかく、絶対のおすすめ。