読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

海辺の風景

海野さだゆきブログ

『こうして魔女は生きることにした』文野はじめ著 蜂八憲 イラスト

ライトノベル

主人公女子は中学生にして文学賞を受賞した天才少年の挑発に乗って、「恋愛ものの取材対象」のような契約を交す。高慢ちきな少年作家に反発を感じていた彼女も作品を読むことで創作の魔法にかかってゆく。。。。

 

で、良いのかなあ。。。。。ねーよ帝国主義女子部ってことなのでしょうか。巨乳至上主義の男子部との共通点は「天才」ってことでしょうか。なにしろ中学生でプロの作家です。

 

面白いといいますか、女性作家らしい設定だなあ、と思ったのが、地域から次々と出てくる作家が「魔女」を名乗り続けている、という部分です。「魂の世襲」って好きですよね、女子の皆様。

 

魂が受け継がれてゆく、というのは、「女性が女性を産むという永遠の円環」を実体として持っている女性にしか分からない世界です。はい。乱暴に言えば「おめーら男はDNA管理しているわけじゃないわよー」。はい、男はそういう生命の輪廻の傍観者でしかありません。

 

しかしまあ、この高慢ちき男子。好きですねえ、女性作家。壁ドンならぬ「魂ドン」をやらかしますね、この手の男性は。まあ男は基本エバリですから、表面上は正解です。大抵の男は実力がともわないので、ただのエバリに終りますが、この少年作家は評論家も絶賛、売り上げも素晴らしい、作風も変化自在ですから、誰もなーんにも言えません。

 

でも、作者はこういう「ねーよ男子」を描くことをやりたいわけではないです。寝るのも忘れて読んでしまう力がある作品がこの世の中にはある、全身全霊喜びを感じる作品がある、そういうことが本当にあるのですよ、と。

 

それは本当ですね。本当です。その魔法を感じてしまった人は、それを探す旅に出てしまう、そして、その魔法に近づきたいから「書く」「作る」方に回ってしまうのですね。

 

まあ、この天才少年作家がどんな作品を書いているのかは、もちろんわからないのですけど、「読むことの感動」が人の形をしている、神様みたいな、トリックスターですねすでに、ものだですから、そこは気になりませんよね。

 

なかなかに仕掛けてある伏線のみごとな回収ですとか、読みごたえありましたよ。「そーきたかよー」って。そういう読むことの喜びを作者は良く知っているのですね。はい。面白かったです。