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海辺の風景

海野さだゆきブログ

『義烈千秋 天狗党西へ』伊東 潤 著 新潮社

「謹みて按ずるに、神州は太陽の出づる所、元気の始まる所にして」と始まる『新論』 。僕はこの国の先の戦争をたどるうちにこの書物にたどり着きました。

 

著者の会沢は、幕府支配に都合のよいシステムではなく、国内の総力を結集させる仕組みが必要だ、という考えを提出します。それが「国体」です。そうです、あの戦争の中で何度も出てきた言葉「国体」です。攘夷運動の火付けになったこの書物にすでに「総力戦」が見えるのです。そう「一億玉砕」の。会沢は「倒幕」という考えはまったくなく、「尊皇」と「尊幕」は同じ忠孝の道だと主張しています。矛盾ですね。

 

幕府じゃ国の総合的力を引き出せないのならば、新しい政治体制を作る必要が、となるはずで、歴史はその通りに進みました。

 

天狗党はその矛盾を引き受けて、後期水戸学の矛盾を体現して自滅してしまいます。水戸藩は壮絶な「内ゲバ」を繰り広げ、若い才能をほぼ全滅させてしまいました。それはもともと水戸藩が持っていた矛盾の歴史的な帰着だったのです。

 

しかし、「中の人」は矛盾をそうとは感じないわけです。両立すると思っているのです。ですが、現実的に言えば、幕府の要人は「体制内権力争い」という図式の中で「しか」動けず、いたづらに混乱を大きくしただけでした。

 

実践家だった藤田幽谷、藤田東湖と続いた「血筋」は、行動を起こすことで何かが変る、という、それ自体はその通りなんですけど、「雰囲気」をまといます。天狗党の行動はいまで言えば「デモ」みたいなものなのですけど、そうしたことが「示威行為」と見られることにはあまり思い至らなかったようです。デモをしてしまうと、それは「おいさめする」くらいのこととは受け取られないのが、軍事国家「徳川体制」だったのです。

 

外交問題を訴える、ということは、受け取る側にそういうチャンネルがあってのことです。なければすべて「分を越えた」「反逆」でしかうけとられません。身をわきまえろってことですね。発信する側は、「外交は天皇の領域」と思うわけですけど、そもそも幕府に外交というチャンネルがありませんでした。幕府は「国内の敵に対する軍事組織、軍事政権」です。自分より下のものたちが、自分達よりも上のことをあれこれ言うこと自体許せないものだったのです。

 

伊東さんの著作を選んだのは、一番新しい作品で、新しい研究や資料をもとにしたものであろうからです。一貫して天狗党に同情的です。もちろん、状況を読めない彼らを無条件に承認しているわけではありません。彼らの諜報力、政治力のなさうんぬんは、上に立つものたちのあまりの保身ぶり、思慮のあささの前には問題になりません。

 

組織はそのリーダー以上のものにはならない、のです。

 

結局は300もの「国」に別れ、おのれたちのことしか考えない組織を武力で「統一」していた「だけの」政府には「他者」というものが存在しませんでした。「外国」は「夷敵」という形でしかとらえる枠があるだけ。出来たのはせいぜい時間かせぎか、限定的な貿易。

 

自分とは感動的に違う者たちとのチャンネルがない。それが結局は多くの才能ある若者を死なせることになりました。天狗党は「やっぱり幕府体制ではだめだ」ということを当時の若者たちに刻んだことでしょうが、その「だめさ」の本質が「他者不在」であることまで、だれが気が付いたでしょうか。

 

天狗党は最後には「特攻」につながります。本来ならば、交流しあえたであろう同年代の若者たちは、政府の無能と保身のために、戦うという形でしか、あい対することがなかったわけです。天狗党も、先の戦争で戦ったひとたちも。

 

水戸は先の戦争を考える上で、非常に重要です。ナショナリズムのはじまりと言えるからです。そして、水戸を考える上で、朱舜水は重要です。乱暴に言えば、先の戦争を考えるには朱先生まで遡る必要があります。それはまたいつか、書ける時がくるかもしれません。