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海辺の風景

海野さだゆきブログ

「その娘、武蔵」田中相 著 2巻まで

女子バレーボールまんが。僕は「アタックNO.1」の大ファンでしたので、はい、早川みどりさんのファン、以降女子バレー、追ってきました。

 

話は大型中学生アタッカーが全国大会優勝後、部活をやる意味を失ったと宣言するところから始まります。まあ、ここからして「ねーよ」ですね。もちろん作者はそんなことわかっているわけでしょうけど、だとしたら、その後が問題でしょう。

 

で、その問題とは「監督の体罰で崩壊した名門チーム」でした。なるほど、これはあらゆるメディアが、スポーツメディアも含めて、避けていた問題ですね。「夕空の」も、監督が「周囲の」勝利至上主義でスポーツの本来持っているはずの「楽しさ」をただの「出世の道具」にせざるをえなくなってしまった状況を描いていますね。根っこは同じでしょう。

 

学校は生徒集めのためにスポーツを利用する。ああ、僕も高校時代に遭遇しましたよ、そういう校長先生(笑)。でもね、実際に部活をやって汗流したり、ゲロ吐いたりしている生徒にはそんなこと関係なかったんですよ。はっきり言います。関係なかった。

 

もし、その立身出世主義に生徒が巻き込まれるとしたら、その生徒自身がもともとスポーツが立身出世の道具だっただけ、ということでしょう。スポーツで勝つって、なんでしょうね。それ自体にはあまり大きな意味はないですね。金が絡むから大きな意味を持つんでしょう。

 

で、話は大型エースを狂言回しにして、体罰問題で空中分解したチームの再生のあがきを描いています。でも、僕にはすごく違和感があります。主人公と部員との一対一の対決なんて、空想もほどがアルでしょう。まったくの初心者がAで返せる、というのもあり得ないでしょう。

 

ましてや、訪ねてきた女子高校生をいきなり殴る大人なんていますかね。やりすぎというより、描くべきことから逃げているから、こうしたエキセントリックな展開に頼るんでしょう。論外です。やるなら正面から、でしょう。

 

部活の体罰問題を描くのならば、しんどうでしょうけど、真正面からやったらどうでしょうか。

 

自分では指一本動かさないが、利益だけは吸い取ろうとするものと、その者の下で、利益を生むことが自己証明になってしまった「指導者」。そんなところでしょう。そこで一致するんですね。利益が。ああイヤだイヤだ。

 

で、「勝つ」ってなんなのか、作者は考えたことがあるのでしょうか。地区予選を破竹で勝たせてますけど。3巻は読まないでしょう、僕は。